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新世紀エヴァンゲリオン完全補完計画

1 :ヽゝ*゚ー゚νさん :2004/03/27(土) 16:22 ID:DW8z4DXQ
ついに全ての謎があきらかに!!!

81 :ヽゝ*゚ー゚νさん :04/11/22 23:51 ID:???
「虫がお嫌いなのかね。それとも、生体反応って奴か」
「いや、でも蛾だぞ、おい」
隊員たちもその無様な踊りを嘲笑した。小隊長はライフルを構え、狙いを定める。
「どうでもいいことだ」
蛾のせいで視界は悪化しているが、十分に射程範囲内である。なんの躊躇もなく引き金は引かれた。
二点バーストが『単独兵器』の胸部を貫き、鮮血を迸らせた。
当たってしまえばどうということはなく、敵兵を蛾に覆われた地面に伏せさせた。
「念のためだ。頭にもブチ込んでおけ」
その命令に、二人の隊員が前進した。
交戦する前まで殺気立っていた岩佐は、冷めた目でそれを見送り、小隊長に尋ねる。
「なあ。『単独兵器』ってことは、敵は奴だけってことか」
「敵は爆破工作した後、『単独兵器』を一体だけ投下して撤収しているはずだ。共食いを始めるだろうからな」
小隊長の言う「敵」は、岩佐のより広義の意味を持っていた。
「ユダ公にしちゃせこいやり方だな」
「知るものか。ともかく、孤立しているわけにはいかん。司令部の指示を」
小隊長の言葉が途切れた。彼の視線の先で、『単独兵器』のとどめを刺しに向かった隊員たちが倒れたのだ。
敵はまだ生きている。
『単独兵器』はゆっくり体を起こすと、両手のナイフから血を滴らせた。
もはや蛾には興味を示さず、生気のない目で生き残った四人を見据えている。
「うおおおお!!」
通信兵が恐慌のあまり絶叫し、フルオートで弾丸を撃ち尽くした。歩み寄ってくる『単独兵器』には擦りもしない。
「今さらアレっすけど、装甲車捨てたの失敗でしたね」
壊されたのも忘れてそんなことを口走る隊員に、なにを思いついたのか小隊長が命令を下す。
「グレネードの予備を持ってこい。すぐにだ!」

82 :ヽゝ*゚ー゚νさん :04/11/23 01:01 ID:???
「はっ」
隊員はすぐさま荷台の方に潜り込んだが、岩佐は敵から目を離さず疑問を発する。
「グレネード? 当たらねえだろ、そんなもん」
「まだ、燃料はたっぷり入っている。よく燃えるはずだ」
小隊長は彼らがもたれかかっているトラックの車体、本来は天井である部分をノックして見せた。
岩佐は唇を歪めて笑う。
「世迷い言を。そんなオイシイ話があるわけねえだろ」
「仕留められなくとも時間は稼ぐ。貴様はガキを連れて失せろ」
小隊長は腰のホルスターから拳銃を抜いて、セーフティを外した。近接戦闘に持ち込むつもりらしい。
荷台から擲弾筒を持った隊員が戻って来ると、小隊長が改めて指示を出す。
「後方、百ジラー先で待ってろ。俺が合図したらトラックにグレネードをブチ込め」
それに従い、擲弾兵と通信兵と岩佐、そして彼らに連行される白髪の少年は、トラックの死角に回り込んだ。
「格好つけさせてやるんだ。仕留めろよ!」
岩佐が声を掛けたが、返事は帰ってこなかった。岩佐は唾を吐き捨てると、声を潜めて二人の隊員に訊く。
「てめえら、あいつを見殺しにできるか」
彼らは呆れたような顔を見せたが、反駁はしない。
「改心したか、イワーサー」
「俺は、おまえならそう言うと思ったよ」
「バカ野郎。俺様の自尊心はズタズタなんだよ。一人じゃ博打も打てやしねえ」
しおらしいことを言う岩佐の肩を、通信兵はポンと叩いた。
「博打と来たか。付き合ってやるよ。言ってみてくれ」
「ありえねえほどお人好しだぜ」
岩佐は通信兵に予備の弾倉を握らせ、作戦を示す。

83 :ヽゝ*゚ー゚νさん :04/11/23 01:56 ID:???
「俺のかけ声で、トラックの左右からフルオートで挟撃、射線で逃げ場を潰し、上からグレネードだ」
「一発勝負か。逃げるより大分マシだが」
「了解、少尉殿」
二人は快諾し、ポジションへと散った。通信兵は運転席側へ走り、擲弾兵はトラックの車体をよじ登る。
岩佐は佇む少年に、例によって日本語で言葉を残して行く。
「つーわけだ。渚さんも、逃げるんじゃねえぞ」
少年は微笑にも見える表情で応えたが、岩佐は振り返らずトラック後尾のあたりに身を潜めた。
『単独兵器』は先程と変わらぬ歩調で小隊長に近付いている。小隊長は微動だにせず敵を凝視している。
その距離が、およそ二〇メートルに縮まったとき、岩佐は雄叫びを上げる。
「撃てええ!!」
岩佐と通信兵がトラックの陰から同時に飛び出し、二本の弾道を交差させて敵の退路を遮る。
敵は彼らの思惑通り前方に駆け出した。そこに待ちかまえているのが擲弾兵だ。
ところが、そこで敵は跳躍した。
非現実的な身軽さで、硬直する小隊長の頭上を飛び越え、擲弾兵の真正面に迫る。
「うお!」
擲弾兵は後には引けず擲弾を発射したが、距離が近すぎた。
擲弾の炸薬は点火せず、敵は直撃を受けてなお平然と擲弾兵に飛び付き、その首をナイフで掻き切った。
「う、あああ!」
敵と目を合わせた通信兵が悲鳴を上げ、己の運命を決定した。
敵は腹部にめり込んだ擲弾を上から投げ付け、通信兵の頭部を吹き飛ばした。
それを岩佐や小隊長が黙って見ているわけもなく、各々の拳銃を発砲していたが、
『単独兵器』は足下から飛んでくる拳銃弾など歯牙にも掛けなかった。
敵はトラックの上から擲弾兵を投げ捨て、自らも小隊長目掛けて飛び降りる。
そして造作もなく眼前の生物を絶命させる。
「くそったれ…」
頸動脈から血を吹き上げる小隊長に背を向け、岩佐はのろのろと駆け出した。

84 :ヽゝ*゚ー゚νさん :04/11/23 03:06 ID:???
いつからか、蛾の大群が通過したときよりも重苦しく大気が揺さぶられていた。
『単独兵器』が手を翻すと、岩佐は呆気なく前のめりに倒れた。
彼の背中には深々とナイフが突き刺さっている。
恐るべき殺人鬼が猛然と両腕を振って飛び出した。
しかし、まだ息のある岩佐の横を通り過ぎ、そのまま滑走路を疾走する。
「あ…?」
その後ろ姿をぼんやり見送る岩佐の視界を、少年の履いたサンダルが遮った。
少年は岩佐の傍らにしゃがみ込むと、彼らの母国語で語りかける。
「悪事を行った者はそれと同じ報いをうける。あなたたちは裁かれた。これから彼も裁かれる」
少年はそれだけ告げると立ち上がり、『単独兵器』が走り去った方角の、
黒煙立ちこめる夜空の一角を指差した。
岩佐は目を見開き、その信じがたい光景を眺める。
遠目にもわかるオレンジ色の巨大なロボットが、輸送機につり下げられ飛来しているのだ。
「わけわかんねえよ、くそぉ…」
血の泡と共にそう吐き出し、岩佐は震えながら瞼を伏せた。

85 :ヽゝ*゚ー゚νさん :04/12/05 04:21 ID:???
死海北岸のクムラン国立公園は、イスラエル防衛軍軍令363による自然保護区である。
二〇〇〇年七月四日。
国連軍のバンが、同公園を貫いて伸びる国道90号線を下り、
アイン・ファシカと呼ばれる浜辺のオアシスに辿り着いた。
ジェリコから南に20キロ。静謐の塩湖に向き合うその景色は、
疎らに低木をへばり付けた岩山に占められ、飽くことなく連なっている。
集落から外れた場所、国連軍の大型テントの前でバンは停車した。
駆け寄った兵士によってドアが開かれ、赤木ナオコと彼女の二名の部下が乾ききった土を踏む。
「お疲れ様でした。赤木博士、碇博士、それと六分儀博士ですね」
「あら、彼も碇ですよ」
兵士の確認を、碇ユイが訂正した。目を丸くするその兵士に、碇ゲンドウが付け加える。
「結婚して、姓を変えましたので」
「それは、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
兵士の祝福の言葉にユイが謝辞を述べた。彼女の夫は照れくさそうにそっぽを向いている。
「塩分の割には、においませんね」
ユイが、伸びをして潤った風を肺に吸い込んだ。ゲンドウがテントに歩きながら言う。
「混じり気のない潮の香りだ。ジメチルスルフィドを吐き出すプランクトンがいないからな」
「よくそんな単語がスラスラ出てくるわねえ」
ナオコは感心するより、むしろ呆れているようだった。
辺りに海水浴客の姿が見当たらないが、それはこの季節の強すぎる日差しのせいだけではない。
国道から海岸へのなだらかな斜面には砂漠迷彩の兵士たちが幾何学的に配され、
明らかに観光客を拒絶している。

86 :ヽゝ*゚ー゚νさん :05/01/04 14:28:31 ID:???
バンの後部ドアが開けられ、やはり兵士たちによって荷下ろしされる。
中でも目を引く機材は、高さ一メートルほどの金属光沢を持つ黒い立方体で、四人がかりで運び出される。
側面の刻印には「CORE UNIT 2000 PROTOTYPE」とある。
空調の効いたテントの中で待ったいたのは二十名ほどの将兵たちであるが、
日本から来た科学者たちに声をかけたのは地味なスーツの老人だ。
「おお、ユイくんか。久しぶりだのう」
「お久しぶりです、ハインロート教授」
ハインロートは好々爺然とした笑みを浮かべながらも、その視線は探るようにナオコとゲンドウに向けられる。
「すると、ほほう、こちらがかの赤木博士と、碇の婿どのか。まあ、その辺に掛けなされ」
「赤木ナオコです」
「碇ゲンドウと申します。今後とも、お見知りおきを。それと、われわれからの手みやげです」
ゲンドウは早口に挨拶し、さっそく例の黒い立方体に注目させた。
彼はテントの中央に据えられたそれに歩み寄り、刻印のある一面をスライドさせて内部を露呈した。
すると赤く透き通ったテニスボールほどの球体が、コンピュータらしき機材の中から強烈な違和感を放つ。
「コアユニット。リリスのコアをコピーしたものです」
「これが錬金術師たちが求めた賢者の石か。赤木博士の才能はまったく恐ろしいの」
そう嘆息したハインロートが、暗い眼光で赤い球体を嘗め回しているところに、ナオコが水を差す。
「コピーとは申しますが、直径は実物の二〇分の一程度。
それにS2機関は、おそらく欠落しているのでしょう。確認できません」
「ふうむ。S2機関ばかりは、葛城くんの成果を待たねばならんか」
いささか興を削がれた様子の老科学者に、孫ほどの年のユイが微笑みかける。
「でも賢者の石と呼ばれるにふさわしい価値はあります。人工的に生成された唯一の常温超伝導物質ですから」
「うむ。量子コンピュータの実現に大いに迫ったと聞く」
「アルゴ自体は完成の域にありますから、年内にも最初の演算試験が行われますよ」
「ほー、それは楽しみなことだて。まだまだ長生きせねばのう」

87 :ヽゝ*゚ー゚νさん :05/01/10 21:40:37 ID:???
愉快そうなハインロートに対し、なにが気に入らないのかナオコは悲観的な見通しを述べる。
「ただ、このサイズに成長させるのに半年を費やしました。産業的な完成はまだほど遠く」
「技術は常に革新される。赤木博士ならできよう」
ハインロートはナオコを持ち上げたが、彼の視線は赤い球体に釘付けのままで、
どうやら本心というより単に聞く耳を持たないだけのようだ。
「では、探査の準備に入りますので。中佐」
ゲンドウは老人から遮るようにコアユニットのケースを元に戻し、国連軍の将校に指示を求めた。
退屈そうにペットボトルを玩んでいた彼は、ひとつ咳払いをして背を伸ばした。
「了解しました。各員はロンギヌスの槍の捜索を開始せよ」
将校の命でコアユニットを運んできた兵士たちが、それと国連軍のコンピュータとを有線接続する。
軍のコンピュータなどというと物々しいが、電源供給装置を除けば市販されているものと変わりないノートパソコンだ。
折りたたみ机の上で、若い兵士がトラックボールを操作している。
「コアユニットの導入設定は正常に完了しました」
程なくしてその報告がもたらされた。ゲンドウは眼鏡を指で押し上げ、厳かに命じる。
「反ATフィールドの探査を始めてください」
「反ATフィールドの探査を開始します。検知しました、座標を測定します」
復唱を終える前にコンピュータが結果を弾き出し、兵士はあわただしくキーボードを叩いた。
期待に目をぎらつかせていたハインロートは、あからさまに拍子抜けした顔をユイに向ける。
「これはまた、あっと言う間だのう」
「生物の発するノイズが少ない場所まで接近する必要はありましたけど、その甲斐がありましたね」
「おお、ユイくん。総統閣下はそれを見越してここに隠されたのだよ」
ユイが老人のご機嫌取りをする一方、ナオコとゲンドウはパソコンのモニターを両横からのぞき込み、
兵士を萎縮させていた。
「この波形、間違いないわね。地図に重ねてちょうだい」

88 :ヽゝ*゚ー゚νさん :05/01/16 05:58:27 ID:???
その指示で死海北岸地方の平面地図が表示される。
現在地を示す赤い三角形の左上、北西の方角に、目的地を示す白い丸印が付けられている。
クムラン洞窟の西方数キロの丘陵地帯だ。
「死海に沈めたんじゃなかったのね。見つからないはずだわ」
「引き続き正確な座標を測定し、結果を赤木博士の端末に送信してください」
ゲンドウは兵士に指示を出し、眠そうに目を擦っている中佐の方を振り返る。
「発掘作業の準備をします」
「ああ、了解しました。工科の測量技術者を同行させますので、よろしくお願いします」
国連軍の中佐は慇懃かつ不熱心に、人工進化研究所に任務を押しつけた。研究分野の軍人ではないのだろう。
とはいえ、気がなさそうなのは赤木ナオコも同様だった。彼女は旅疲れを隠せず、ゲンドウを呼び止める。
「もう行くの、ゲンドウくん。急がなくても槍は逃げないわよ」
「所長が待っていますから」
ゲンドウは唇を虚無的な笑みで歪めて、さっさとテントの入り口に向かった。それにハインロートが続く。
「行くのか。ならば、私が送るぞ。ご婦人方を軍用車両に乗せる訳にはまいるまい」
「今日は…、いえ、お礼申し上げます」
ゲンドウはハインロートの申し出を受け入れたが、一度は口ごもったあたり、遠慮したいのが本音のようだ。
老教授は相手の顔色を気にしない性格らしく、上機嫌でナオコを呼びつける。
「さ、赤木博士、早う来なされ。槍の探知にリリスのコアを使うという発想、まことにお見事だったぞ」
「恐れ入ります」
ナオコがまごついていると、ユイが歩み寄ってきて、親しい友人同士がするように腕を取った。
「ほら課長。教授も期待なさってますから」
「なんだか、技術屋さんたちの功を横取りしたみたいで、申し訳ないわね」
「そういうところ、変わりませんね」
テントから再び炎天下に引きずり出されたナオコを待っていたのは、
どこに駐めてあったのか、砂漠には場違いなリムジンと、その運転手らしい大柄な東洋人であった。

89 :ヽゝ*゚ー゚νさん :05/01/22 04:40:11 ID:???
彼は火をつけたばかりの煙草をつまみ消して上着のポケットに戻すと、
面食らう女たちに向かってにこやかにお辞儀をする。
「人工進化研究所のみなさまですね。お迎えにあがりました」
口を開けば、ゲンドウよりやや若いぐらいの日本人だと分かった。
「山岸と言ってな、シリアを縄張りにする石油会社で警備員をやっとったそうだ」
ハインロートが運転手を紹介した。
その山岸に話が通っているあたり、最初から三人を自分の車に乗せるつもりだったらしい。
「ちと寄り道をするぞ」
「はいはい」
山岸は後部座席のドアを開けながらぞんざいに返事をし、ユイをくすりと笑わせた。
ハインロートが女性たちを手招きしたとき、ゲンドウはその場を離れて同行する兵士たちと話していたが、
すぐリムジンの方にやって来た。
「婿どの、山岸に道を案内してやるがよい」
「ええ。彼らに先導させます」
ゲンドウは視線で国連軍のバンを指して答えた。まあ、ハインロートは助手席に乗れと言いたかっただけだろう。
ゲンドウは逆らわず、助手席に乗り込んだ。
午後二時、二台の車が太陽に背を向けオアシスを発った。
山岸はハンドルを落ち着つかせると、隣のゲンドウに話しかける。
「碇先生は、先月ご結婚なされたばかりと伺いましたが」
「ああ」
「教授に捕まってしまうとは、とんだ新婚旅行になりましたな」
どうせこの運転手はいつも老人の話し相手をしているのだろう。
運転席と座席の間の仕切りは下ろされており、当然、鷹揚な雇い主の耳にも届いている。
「これ山岸。好き放題言ってくれるのう」
「おっと、失礼。ご夫妻が研究目的でいらしたことは承知してますよ」
「いえ、私たちなりに旅行のつもりで楽しんでいますから」
ゲンドウが口を開く前に、ユイが答えた。

90 :ヽゝ*゚ー゚νさん :05/01/29 14:53:51 ID:sUWVEaZc
「それはよかった。誠心誠意ご案内いたします。美人で優秀な奥様でうらやましい限りで、ああ」
山岸が言い淀んで、前方に視線を戻した。直前まで彼に目を向けられていたゲンドウが不審そうに問う。
「なにか」
「アラブには、奥方を褒める風習がなくてですね」
「ぼくは日本人だ。問題ない」
「いや、まだ続きが。先日同じようなお世辞を口にしたら相手に癇癪起されまして。どうにも舌が硬くなったわけです」
「お世辞だったんですか」
ユイが棘のない口調で指摘すると、山岸はごまかし笑いをした。
「二十歳で博士号取った女性となんて、そうそう出会えるものじゃないでしょう」
「まあ、よくご存じですね」
山岸は調子づいて、憮然としているゲンドウを持ち上げる。
「旦那様のこともよく存じておりますよ。あのご高名な六分儀博士のご子息と」
「ぼくが家内ぐらいの年の頃は、バブル景気の最中でね」
「ええ」
景気の話は本筋から離れているようだが、山岸は相づちを打った。
「説明会回りと称して、あちこちの会社から交通費やら食事代をせびっていたものです」
そんなゲンドウの自嘲っぽい諧謔に、山岸はやや間を置いて応える。
「それは、羨ましいお話です」
苦笑する一行の中で、ナオコはひとり我関せずを決め込んでノートパソコンを叩いていた。
「お忙しそうだの。赤木博士」
ハインロートに話しかけられては無視できず、ナオコは手を休める。
「多くのことをしようとする者は、いますぐ一つのことをしなければならない、という口癖を持つ部下がいるものですから」

91 :ヽゝ*゚ー゚νさん :05/02/19 02:14:38 ID:???
大人げなくゲンドウのことを責めたが、せいぜいユイに忍び笑いをさせただけだった。
ハインロートは感銘した様子なく、無遠慮にナオコの膝の上のノートを覗き込む。
その画面に表示されているのは、情報工学の体系外にある機械的な図面である。
ナオコはそれにメモを添付していたようだ。
「ふむ、博士に電子工学の技術がおありとは知らなんだが」
「いえ、コアユニットを製作した西芝セミコン社によるものですわ。
AELが発注したものですので、私も目を通さねばなりません」
「さすがと言うべきかの。して、なんの図面かな」
ナオコはパソコンを操作して、その装置の仕様書を示す。
「いわゆるディスクドライブです。使徒のコアを利用した記録媒体が特徴で、
構成素子の復元能力によって電磁波への耐性を持ちます。
情報の読み書きには電子線を用いますが、原理は従来の光学ディスクと同様です」
「赤木博士から見れば、最新技術も旧世代の遺物なんです。次世代の量子コンピュータですらそうなんですから」
ユイが言葉尻を捕らえて揶揄したが、ハインロートはからからと笑っただけで、ナオコの思想に興味を示さなかった。
「勉強になったか、山岸」
「え。まあ、今度パソコンを買うとき参考にします」
唐突にご指名を受けた運転手はうろたえがちに答え、ユイを微笑ませた。
「できるだけ早く市場に並ぶよう努力しますね。
南極に着くまでに試作品が完成するといいんですけど。発掘は予定より早く終わりそうですし」
途中からは、ナオコへの言葉である。その内容が気になったのか、珍しくゲンドウが自発的に問う。
「ユイさん、それはなんの話だ」
「南極の渚博士がこのデバイスをお求めなんです。試作品ができたら是非にって」

92 :ヽゝ*゚ー゚νさん :05/03/17 00:01:22 ID:???
「赤木さんの仕事か」
ゲンドウは無表情に呟いて、首を前に戻した。車内が静まりかえると、どこからかヘリの羽音が響いてくる。
ナオコがわざとらしい声音を出して空気を変えようとする。
「ねえ、ゲンドウくん。あの人、ディスクが大容量なのをいいことに、
四〇万九〇〇〇種のゲノム情報なんてものを欲しがってるんだけど、なにに使うのかしら」
「推測しかねます。ウチはヒトゲノムが中心ですからね。
京大と高屋酒造のデータベースを一媒体に格納できれば重宝するでしょう」
ゲンドウは彼女のほうに顔も向けず、口調こそ穏やかだが、ふて腐れた返答をした。
代わってハインロートが考えを述べる。
「わたしは婿殿ほどその方面に詳しくないが、思うにホメオボックスでも研究するのかの。
渚くんはアダムが生命の起源だと吹いて回っておるんだろ」
「あら、渚博士は立派なエヴァンジェリストですよ。それにしても、外が騒がしいですね」
ようやくユイが、近づいてくるヘリの振動音に不快感を表した。
ハインロートがボタン操作で車窓のカーテンを開け、日差しの中で目を細める。
「聞いてはおらんぞ。婿殿が呼んだのか」
「いえ」
ゲンドウは否定して、携帯電話で事実の確認を始めた。
ハインロートは意味なく冷蔵庫の扉を開閉しながら、うなり声を上げる。
「ユダヤの軍隊が威嚇に来よったか」
「いや、民間機じゃないですかね。ロビンソンっぽいローター音なんで」
山岸の言うとおり、丘陵の陰から姿を現したのは、丸みを帯びた無害そうな機影である。
それは彼らの左斜め後方から、岩肌を舐めるように近づいてくる。
「この耳自慢め。婿殿、正体は知れたか」
ハインロートは電話から耳を離したゲンドウを急かした。
「測量士たちとの交信では、IGファルベンのツェッペリンと名乗っています」
「あやつか!」
唾を飛ばす勢いで老人が吠えた。ナオコが険しい眼光でユイを突き刺し、重々しく唇を動かす。
「だれ?」

93 :ヽゝ*゚ー゚νさん :05/04/07 20:32:05 ID:???
「会長さんですよ、IGファルベンの」
「あら、そう。聞き間違えたのかと思ったわ。そんな大物がなんの用で、というのは愚問かしら」
ナオコはすまし顔で取り繕ったが、ハインロートはそれどころではない様子だ。
窓ガラスに張り付いて、ヘリを睨み付けている。
「こうも早う出てきたのはネズミでも潜らせておったのだろうが、嫌がらせにしては度が過ぎるわ」
「で、このまま案内してやっていいんですか」
山岸が気楽そうに質問を放り投げた。
それに応えて、前方車両の測量士と通話中のゲンドウが、口の端をつり上げて運転手を見やる。
「野次馬を気にする必要はない」
「そんなもんですかね」
程なくして測量士たちのバンが車道を外れ、リムジンもそれに続いた。
日差しに焼かれる荒岩の丘陵の下、二台の車両が停められる。ヘリの羽音が一層大きくなった。
ハインロートはキャビネットから取り出したベレー帽を頭に乗せると、自らドアを開いてリムジンから飛び降りた。
「教授、まだツェッペリン氏本人かどうか」
ゲンドウが声を掛けたが、吹き付ける風の中、老人の耳には遠かったようである。
車道上に降下するヘリに、肩を怒らせて向かっていく。
「なにをしにきた小僧。観光地なら海の向こう側だが?」
ヘリから半身を乗り出した中年の紳士に、ハインロートは敵意を剥き出して叫んだ。
小僧呼ばわりされた男は愉快そうに老人を見下ろし、砂を被ったアスファルトの上に降り立つ。
「おや、ハインロート教授ではありませんか。ご機嫌よう。よくイスラエルに入国できたものですな」
「貴様こそ、この場所にいてよい人間ではないわ。貴族の威厳も品格も欠いた、山師紛いの雑草商人めが」
白々しく挨拶するツェッペリンに、教授は目を剥いて啖呵を切った。
ヘリからはもうひとり、亜麻色の髪の女が降り、ナオコたちに向かって会釈した。
東洋の血が混じった白人という顔立ちだが、ユイと同年配に見える。

94 :ヽゝ*゚ー゚νさん :05/04/24 19:59:09 ID:HZGHUK3o
ナオコはその女性の日本人っぽい仕草よりも、人目を憚らない口論のほうが気になったようだ。
「ツェッペリン氏は、教授とずいぶんと親しいご様子ね」
「師弟愛ですよ」
ユイの皮肉が聞こえたのではあるまいが、ツェッペリンは師を押しのけるように脇を通り抜けて、
彼女たちのほうに歩み寄ってきた。
「IGファルベンのツェッペリンと申します。突然の参上をどうかお許しください」
ツェッペリンの流暢な日本語は物腰柔らかなものだが、科学者たちを見る目は尊大そのものである。
「人工進化研究所の赤木ナオコです。彼らは碇ゲンドウ、ユイ夫妻…ゲンドウくん?」
紹介された夫妻の片割れは、すでにこの場を離れ、測量士たちを率いて岸壁に挑戦していた。
ユイは気にした顔もなくツェッペリンと握手を交わす。
「お会いできて光栄です、ツェッペリン会長」
「初めましてレディ。あちらがゲンドウ氏ですか。噂通りのお方のようですな」
「主人の非礼をお許しください」
「そんな男に詫びんでもいいぞ、ユイ君」
ハインロートは吐き捨てて、ゲンドウたちに続いて丘陵を登り始めた。外見に見合わぬ健脚である。
「まったく無駄に長生きしそうな老人だ」
ツェッペリンはシュヴァーベン訛りと苦笑を漏らし、それから思い出したように随行の女性を紹介する。
「これは娘のキョウコです。ろくに日本語も話せない不勉強者ですが、ご指導のほど、なにとぞよろしくお願いします」
「人工進化研究所本部所属、惣流キョウコ・ツェッペリンです」
淀みない日本語で、キョウコは名乗った。
「本部? あ、ごめんなさい。日本AELの情報技術課の赤木ナオコです」
日本支部、とは言わなかった。しかし、本部という単語をそのまま聞き逃すわけにはいかなかった。
「惣流さんとお呼びすればいいのかしら」
「キョウコとお呼びくださっても」
「ニューヨーク研究所の方がいらっしゃるのなら、事前に私の耳に入っていてしかるべきでは」

95 :ヽゝ*゚ー゚νさん :05/04/29 22:58:05 ID:???
詰問するナオコを、キョウコは意外そうな目で見返す。
「いえ、本部が人員を派遣する予定はありません。誤解なさらないでください」
「赤木博士。娘はわたしの後継者として付き添っております。わたしから来訪の目的をお話ししましょう」
父親であるツェッペリン氏が割って入ってきた。もっとも彼の目的など聞くまでもない。
「一応、伺います」
「率直に言えば、ロンギヌスの槍をこのツェッペリンにお売りいただきたいのです」
「現場に直接お越しくださって大変恐縮ですけど、そのお話は然るべき立場の者にお申し付けください」
ナオコは険のある口調で即答した。しかし、雑草商人と呼ばれた男は退かない。
「ご謙遜を。わたしはローレンツや葛城とではなく、あなたとの交渉を望みます」
ツェッペリンはこの場にいない人間の名前を出し、ナオコをやや考えさせた。
ユイもナオコの後ろに控えていたが、一言も発さず成り行きを見ていた。
「組織を売れ、と。あなたの要求は、そうとしか解釈できかねます」
「いかほどご用意いたしましょうか」
ナオコが見せた悪意に対し、ツェッペリンは平然と対価を尋ねた。ナオコは疲労の浮かんだ表情で拒絶する。
「交渉ごとはご容赦くださいません? あたし、一介の技術者ですから」
「残念です」
ようやくツェッペリンは引き下がった。キョウコは申し訳なさそうな顔をして、深々と一礼する。
ナオコはユイに目配せし、ゲンドウたちが登った丘陵に向かって身を翻す。
「ごきげんよう、失礼します」
「ところで、あなたの開発したコア・ユニット、本来は槍の探索を目的としたものではないとか」
「企業秘密です」
ツェッペリンがなにか声をかけてきたが、ナオコは向き直ることなくはね除けた。
ナオコとユイが追いついたとき、測量士たちはすでに埋蔵地点をほぼ特定していたようで、彼らの仕事は残されていなかった。
ゲンドウはコア・ユニットとの通信に使っていたパソコンをナオコに返し、今後の見通しを述べる。

96 :ヽゝ*゚∀゚ν :05/06/27 18:55:05 ID:???
「予定通り、日米の研究員で作業にあたり、遺物が記録通りの大きさなら一〇日までに土砂を除けます。
簡易調査までは、関係機関との折衝がわれわれの仕事です」
「政治事はゲンドウくんがいれば心強いわ。今日の調査はまだ時間がかかるの?」
「いま来たばかりではないですか」
ゲンドウの答えはなぜか冷笑混じりだった。
彼の視線を追うと、ハインロートが焼けた地面に這い蹲って、なにやら祈りを捧げていた。
「あの人、本当に八〇代なのかしら」
ナオコは心底うんざりした声音でつぶやいた。
「ゲンドウさん。その折衝のことなんですけど、例の方がまだ」
ユイが目を向けると、坂の下から様子をうかがっていたツェッペリンが満面の笑顔を返してきた。
ナオコに突っぱねられた程度で諦めるつもりはないらしい。
ゲンドウは彼らに手を軽くあげて応え、ユイにささやく。
「放っておきたまえ。キールの親友だろうと、アポのない人間と話すことなどない」
「今なら槍を餌にして、容易く手懐けられません?」
ユイは小動物を愛でるような顔つきで提案したが、彼女の夫はそれを一笑に付す。
「いずれにせよ、老人の機嫌を損ねる前に、ハイエナは追い払っておくべきか」
「放っておくんじゃなかったの」
先ほどしつこくまとわりつかれたナオコには気の進まない話だった。
「赤木さんのご命令なら、そうします」
ツェッペリンなど取るに足らない存在でしかないということである。
ナオコはため息を吐いて、再びパソコンをゲンドウに押しつける。
「仕方ないわね。現場はあなたたちに任せるわ」
「了解しました。お気をつけて」
ナオコの命令を、ゲンドウは意外そうな顔もせずに受け取ったのだった。

97 :ヽゝ*゚∀゚ν :05/07/01 06:29:58 ID:???
「赤木博士。よいお返事をいただけますかな」
勘違いしたツェッペリンが近寄って来るのを身振りで押しとどめて、ナオコの方から坂を下った。
真新しいトレッキングシューズに被った砂をさりげなく振り落として、人工進化研究所の情報部長は返答する。
「まず、あなたがお求めになっている物件の所有権は、当所ではなく国連人類補完計画UNHIPに
帰属していることをご配慮ください。そしてこの権利は政治的に保護され、
仮に何者かによって情報が改竄されようと揺るがないこともご理解願います」
ナオコはツェッペリンの要望に対して返答する立場にすらないことを再度示し、
また彼女個人を裏切らせることも無意味であると断じた。
ドイツ商人はナオコの日本語が解せなかったのではあるまいが、考え込むように鼻梁をつまんでから釈明する。
「いえ、このツェッペリンは書類上の権利を買うためだけに足を使うことはありません。
単純明快に、現物をお譲りいただきたいのです。モノである以上、金銭で買えない理由はないでしょう」
この執拗な要求に対し、ナオコは大げさに肩をすくめてみせる。
「失礼ですけど、あたしにはよく理解できませんわね」
「それはわたしの不徳のいたすところです。商取引の基本は利害の一致。あなたが納得いくまで手の内をご覧に入れましょう」
ツェッペリンは鷹揚に構えていたが、娘の方は一瞬だけ苛立たしげに視線を逸らし、表情を殺した。
一度は交渉を拒んだナオコだが、なに食わぬ顔で提案する。
「長くなりそうですわね。よければ場所を変えません?」
「おや、発掘の瞬間に立ち会われないのですか。わたしは是非とも見学したいものですが」
意外そうに尋ねるツェッペリンは、やはり埋蔵予想地から追い払われることを心配をしたのだろうか。
ナオコは半身を翻し、一枚だけカードを切る。
「でしたら、とんだご足労でしたわね。本日はまず測量をし、明日以降重機を搬入する予定ですから」
「さようですか。貴重な情報に感謝いたします。このツェッペリン、少々ことを急いていたようですな」
無理に理由を付けてまで留まる気はないようである。ようやくナオコはツェッペリン親子を引き連れ歩み出すことができた。
「あの、素人が余計な口を挟むようですけど、重機での発掘というのは、遺物に損傷を与えてしまうおそれがあるのでは」

98 :ヽゝ*゚∀゚ν :05/07/07 20:46:27 ID:???
道すがらキョウコが質問した。人工進化研究所に所属しているからといって、
部外の研究者が生物化石などの発掘について専門知識を持っているわけではない。
それは本来ナオコも同様だが、現地責任者として返答できる程度には学習している。
「遺跡を再現するならともかく、二十年ほど前に埋められたものを掘り起こすだけですのよ。
もちろん重機での作業は、コンピュータ制御の元、精密に行われますからご心配なく」
「理解しました。お答えくださり、ありがとうございます」
キョウコの謝辞に続いて、ツェッペリンが尋ねる。
「なるほど。して、この作業の費用はいかほどのものでしょう」
「国連人類補完計画の予算内です」
公表する権限がないわけではないのだろうが、ナオコは含みのある言葉でぼかした。
ツェッペリンのヘリは車道を占拠したままだったが、その近くに停められた二台の車両も位置を変えていなかった。
ハインロートのリムジンの運転手は、ナオコが初めて対面したときと同じように車の外でタバコを燻らせていた。
ナオコは彼と目が合うと、声はかけず会釈だけ交わした。
声をかけたのはキョウコである。
「ちょっとあなた。その足下に散らばってるものはなに」
「はい?」
山岸と呼ばれていた運転手は、おっかなびっくり若い女に目を向けた。キョウコは面識もなさそうな男に説教をする。
「喫煙習慣を咎めたりはしないけど、自然を汚すヒトには我慢ならないわ」
「こりゃ、ご指摘のとおりで」
勢いに押されるように、山岸はしゃがみ込んで彼自身が捨てた吸い殻を拾い集め始めた。
そこに、どういうつもりかツェッペリンも声をかける。
「あなたも、ハインロート教授のお弟子ですか」
「え、いや、ただの雇われ運転手ですが」
山岸は訝しげにツェッペリンを見上げて答えた。

99 :ヽゝ*゚∀゚ν :05/07/08 07:22:16 ID:???
「それは失礼いたしました。かつて教授からご教鞭を賜ったツェッペリンと申します。
あの方には先ほどお目にかかりましたが、普段からご壮健でしょうか」
「はあ。まだまだ長生きしそうです」
「それは大変結構です。教授によろしくとは申しません。お叱りを受けられぬよう、むしろ内密になさってください。では失礼」
一方的に話して、ツェッペリンは運転手から離れた。唖然とした様子の山岸に、ナオコはもう一度頭を下げた。
ツェッペリンは彼の足であるところのロビンソンR44に乗り込むと、自ら操縦桿を確かめていた。
先ほどの岩肌を舐めるような飛行は、なんと彼の手によるものらしい。
「場所はわたしのホテルで構いませんか。外国人向けのレストランがありましてね。それともこのままジェリコへ戻られますか」
欧州最大の化学トラストの会長は前もってナオコたちの拠点を調べていたようだが、特に不可解なことではない。
後部座席のナオコは平然と答える。
「お心遣いに感謝しますわ。わたしは、ジェリコへ送ってくださると助かります」
「そうですか。そのように手配します」
ツェッペリンは心持ち気落ちした声で、娘に電話連絡を入れさせた。
外国人向けのレストランとやらに誘いたかったのだろうか。それとも、そういう振りをしているのかもしれない。
「それでは離陸します。赤木博士、よろしければお手元のインカムをお取りください」
ヘリが振動し始める中、ナオコが言われるままに備え付けられていたインカムを装着すると、早速それを通して話しかけてくる。
「そういえば、教授の運転手の彼。彼も日本人ですか」
「ええ。ハインロート教授は確か、山岸と呼ばれてましたわ」
「あの方は相変わらず日本びいきのようですな。わたしの妻も日本人で、ともに教授の元で学んだことが縁ですが、
教授は彼女を娘のように可愛がっていたものです」
どうも取引とは関わりなさそうな話である。
「なぜ、そのお話を?」
「そうですな。つまり、わたしと教授は、別に憎しみ合っているわけではないということです。
先ほどはお見苦しいところをご覧に入れましたので、弁解をお許しください」

100 :ヽゝ*゚∀゚ν :05/07/17 02:08:37 ID:???
なにやら取って付けたような口ぶりだが、嘘偽りを並べているわけではなかろう。
「お気になさらず。あたしの部下に、教授に孫のように可愛がられている教え子がおりまして、
彼女もそう申してましたわ」
「そうですか」
ツェッペリンの言いたいことは済んでいたようだ。それ以上、ナオコも話を繋げなかった。
「父さん。わたし、あの運転手さんに喧嘩を売ろうとしたわけじゃないのよ」
キョウコが隣で操縦桿を握る父親に、インカムを通さず母国語で話しかけた。
もっとも、彼女の言葉は背中合わせに座るナオコの耳にも流れ込んできた。
「解っている。おまえは母さんの子だからな。ただ、初対面の方には、
もっと礼儀正しい言葉遣いを心がけなさい」
ナオコは、上部ドイツ語が聞き取れないからかもしれないが、口を挿んだりせず、
携帯メールでゲンドウたちに連絡を入れていた。

ツェッペリンのヘリは白く乾ききった旧市街を飛び越え、オリーブやオレンジ、
ナツメヤシの緑が散らされた中心街へと入り、速度を落とした。
他に場所がとれなかったのか、着陸地点は舗装されていない駐車場である。
スーツ姿の男の誘導で、ツェッペリンはゆるやかに高度を下げた。
「お疲れ様です、会長。そして赤木博士」
その男が左側からドアを開き、ドイツ語で挨拶した。ツェッペリンの部下に違いない。
サングラスに隠れているが、髭を蓄えた容貌は典型的なアラブ人である。
「ご苦労。ヘリを頼む」
「かしこまりました」
部下は恭しくお辞儀をする。彼がキョウコのことを会長の秘書だと思っているのか、
目と鼻の先にいるにも関わらず無視しているあたり、ツェッペリンの娘の存在はあまり知られていないようだ。

101 :ヽゝ*゚∀゚ν :05/07/22 15:34:51 ID:YLisWWt6
誰も感想つけてくれないのに書き続けるのってむなしくないの?

102 :ヽゝ*゚∀゚ν :05/07/28 08:36:10 ID:???
その部下と入れ替わってヘリから降りた三人を、甲高いクラクションの音が出迎えた。
のたのたと近づいてきた黒塗りのメルセデスから制服姿の運転手が飛び出し、
愛想笑いをしながら後部座席を開け放つ。ホテルのハイヤーか。
乗り込もうと身を屈めたキョウコが顔を顰め、運転手とアラビア語でなにか話し始めた。
が、要領を得ないようで、ドイツ女性は諦めて車内に潜り込んだ。
「冷房が壊れているようです」
キョウコに言われるまでもなく、続くナオコは車内に籠もる熱気に閉口していた。
「日本の蒸し暑さに比べれば、まだ過ごしやすいかと」
前方の座席に着いたツェッペリンが強がった発言が、ナオコの表情を和らげるはずもない。
彼らの皮膚に一滴の汗も浮かんでいないのは、それがたちまち乾いてしまうためである。
安全のためフィルム付きの窓を閉め切ったまま、メルセデスはのたのたと路地に出た。
この街の治安は悪くないが、リゾートホテルのある通りに出歩いている外国人の姿はない。
乗客にそのような街並みを見物させる間も与えず、運転手はあるホテルの前に車を停め、
また景気よくクラクションを鳴らした。するとやはり髭面のドアボーイたちが駆け寄ってきて、
ナオコたちを焼けたハイヤーから解放する。ほんの数分の苦行だった。
そのホテルは外観こそ無骨に角張っているが、屋内は噴水を配し、ふんだんに植物を取り入れた遊び心のある空間である。
逆にいえば安易にオアシスを連想させ、高級ホテルとしての重厚さがない。
「ようこそツェッペリンさま。それと、ご予約の赤木ナオコさまでいらっしゃいますね」
アメリカ英語を使う白人のグリーターが手揉みをしながら寄ってきた。露骨におまけ扱いされたナオコは、
しっとりとしたエントランスの冷気を浴びるのに夢中で、従業員のサービスには関心を見せていない。
そんな様子を見かねたのか、ツェッペリンが声をかけたる。
「失礼ながら、随分とお疲れのようですな」
「本音を言いますとね、あたしは空調の効いた部屋に引き籠もっているのが性分なので、
適当に口実を見繕って現場から逃げてきたんですのよ」

103 :ヽゝ*゚∀゚ν :05/07/28 08:42:42 ID:???
声をかけたる…って。しゃあないから声かけたるわ、ってことですか。
いや、単に打ち間違えたです。

http://cgi.members.interq.or.jp/mercury/p37/eva.html
修正したのをこっちに上げてます。うーん、するとわざわざここに書く必要ないような。
ま、どうせ誰も見てないし。

104 :ヽゝ*゚∀゚ν :05/07/29 09:06:07 ID:???
本音なのか冗談なのか、判別しがたい台詞であった。ツェッペリンは顔の下半分だけで笑う。
「あなたをお救いできてなによりです」
ツェッペリンは当たり前のようにナオコの宿泊予定地を探し出し、そこに押しかけてきたわけだが、
客室にまで上がり込むつもりはないらしく、一階にあるラウンジのテーブルを確保していた。
ナオコはツェッペリンに連れられるままにフロントを素通りし、その椅子になかば倒れ込んだ。
「われわれに飲み物を。うんと冷たいやつだ」
ツェッペリンがウェイターに注文し、ネクタイを一ミリも緩めることなく、ナオコに話を切り出す。
「さて。ロンギヌスの槍を金銭でお売りいただけない理由がおありとのことですので、
まずはそれをお聞かせ願いたく存じます」
あの丘陵地での会話の続きである。ナオコは背もたれから身を離して、涼しげな顔を取り繕う。
「あら、誤解があったようですわね。いえ、お金のことじゃありません。
わたしが知りたいのは、あなたが槍の現物をお求めでいらっしゃる理由です」
「それは失礼いたしました。しかしながら、はて、なにか不自然なことでも」
給仕がワゴンに乗せてドリンクを運んできたので、ツェッペリンの目が横に逸れた。
給仕は氷を詰めたグラスにサーバーから柑橘類のジュースを注ぎ、恭しく三人の前に置く。
彼はグラスが乾くのを待ってその場に控えていたが、ツェッペリンは身振りで下がらせ、
その際、アラビア語を使えるキョウコがなにか話しかけチップを手渡した。
「まあ、その前にどうぞお飲みください」
そう勧めるツェッペリン自身も、水分の欲求は耐え難いようである。
彼らは会話を止め、必要以上に甘ったるいジュースで渇ききった喉を癒すことに専念した。
ナオコはたっぷり三杯も流し込んでから、用意していたような回答をする。
「僭越ながら、当研究所の技術はこの分野において最高位の水準を自負しており、
いまあなたに現物をお預けするよりも、お役に立てるのではないかと愚考します。
共同研究及び成果の共有は、国連が提示する契約下の権利許諾において保証されますので、
正規の経路を通じてお話いただくのが有益かと存じます」

105 :ヽゝ*゚∀゚ν :05/07/30 17:26:57 ID:???
物件そのものより、そこから得られる情報資源の方が貴重であるという見解である。
ツェッペリンは娘と視線を交わしてから、首を小さく横に振る。
「赤木博士。これは価値観の相違というものですな」
「そうでしょうか」
「敢えて問いますが、ロンギヌスの槍は、まず歴史遺産として評価されるべきなのではありませんか」
「はい?」
ナオコは直ちに理解できなかったようで、目を丸くした。ツェッペリンは続ける。
「槍が聖遺物と認定されるために科学的鑑定は必須ですが、鑑定書自体にいかほどの値打ちがありましょう」
ナオコは肘をついたままツェッペリンの言葉を咀嚼し、幾秒か経って顔を上げたが、まだ懐疑的である。
「まるで、あなたはあれを古美術品として蒐集されるおつもりのように聞こえます」
「その面は否定できません。確かにロンギヌスの槍と称するレプリカは欧州各地に存在します。
有名なところでは、ホーフブルグ宮殿やヴァチカン美術館に保管されているものですな。
しかし二十年前、ヒトラーがこの地に隠した槍は…」
「ご冗談はそれぐらいになさって」
ナオコが遮った。明らかに無礼な態度にも、ツェッペリンは表情を崩さない。
「いやいや、冗談などではありません」
「コアユニットのことまでお調べになっておいて、あれをただの骨董と同列におっしゃらないでください。
現物をお求めでいらっしゃる理由、是非ともご説明願いますわ」
むしろ言葉に怒気を孕ませているのはナオコのほうだった。ツェッペリンの調子に引き込まれてしまっている。
しかし、ここでツェッペリンは余裕ぶった表情を改め、真摯な眼差しでナオコを見つめる。
「このツェッペリン、誓って嘘は申しておりません。しかし、お察しの通り第二の理由が存在します」
そこでツェッペリンは言葉を止め、グラスを口に運んだ。実に勿体ぶった態度である。
「どうぞ」
「それはこの世にあってはならないロンギヌスの槍を、闇に葬り去ることです」

106 :ヽゝ*゚∀゚ν :05/08/02 03:06:47 ID:???
東洋及び東洋人は白人至上主義、ヨーロッパ中心主義に基づく差別用語ですので
修正を求めます。

107 :ヽゝ*゚∀゚ν :05/08/04 01:06:27 ID:???
ツェッペリンという男は、人工進化研究所の情報部長に対し挑戦的な宣言をした。
一拍おいて、彼の正面から失望めいた吐息が漏れた。
「そうですか。それなら現物を手に入れないとお話になりませんわね」
「意外と驚かれませんな」
ツェッペリンは視線を落とし、手ずからグラスにジュースを注いだ。ナオコの反応に鼻白んだようだ。
「いいえ、驚きました。そのお考えは想像しうることですけど、それだけは仰らないと思ってましたから」
「では、ここで明確に申し上げておきましょう。わたしは私人としてのあなたと交渉を望みます」
それは赤木ナオコ博士の上役たち抜きで、という先刻の言葉の繰り返しである。
ナオコは幾人かの従業員たちが控えるラウンジを見回してから、顔を突き出しうめき声を絞り出す。
「あなた、よくもそんなことを…」
「周りの耳は買い占めておきました。気兼ねはいりませんぞ」
「本当に組織を裏切れとおっしゃるのですね」
「はい、そうですとも。まさか公式な買収計画のお話だとお考えになっていたわけではありますまい。
キール・ローレンツを心変わりさせる算段があれば、このツェッペリンこそが授かりたいものです」
小心な女科学者を嘲笑うかのように、ツェッペリンは上唇を歪めていた。
ナオコが言い返せないでいると、ツェッペリンは一口喉を湿らせてから、静かに尋ねる。
「赤木博士はご存じですか。あの男が槍を使ってなにを成そうとしているのか」
「軽々しく口にできません」
ナオコは逃げ腰に即答した。しかしツェッペリンはそれを無視する。
「極めて簡略に言えば、原始生命体を復元し、それを独占して富を得ることです」
「まさか、あなたが倫理的、あるいは宗教的な理由でそれに反対なさるとでも?」
明らかに侮蔑の意図を含んだ訊き方だが、ツェッペリンは穏やかに首肯する。
「当然、このツェッペリンは反対の立場にあります。わたしの考えを押しつける気はありませんが、
倫理面についてはあなたを含めた科学者の方々にも熟考いただきたく存じます。
例えば、人類が核エネルギーを手に入れたことによる利益と不利益を思い出してください」

108 :ヽゝ*゚∀゚ν :05/08/04 02:04:40 ID:???
存分に押しつけがましい発言をして、ツェッペリンは満足そうである。ナオコは開いた口が塞がらないようだ。
「つまり、キール・ローレンツは人類の不利益より自己の利益を優先する人物だから槍は渡せない、と」
「彼のような器用さを持ち合わせていない人間の、精一杯の抵抗です」
「は? いまなにかおっしゃいましたか」
悠然と構えるツェッペリンに対し、もはやナオコは喧嘩腰である。
握りしめているグラスの中の液体を、いまにも眼前の紳士にぶちまけたそうな目付きをしている。
「父さんがお為ごかしを言うほど、赤木博士のお怒りを買っています」
沈黙を守っていたキョウコが、明瞭なつぶやきを発した。彼女の父も驚いて娘を見やった。
「キョウコ?」
「いえいえ、お嬢さん。大変興味深いお話でしたわ」
まだ平静でないのか、ナオコの態度は大人げない。加えていまは、ツェッペリンもいささか動揺しているようだ。
「それは、ご理解いただけてなによりですな」
余裕ぶった返事だが、中身がない。キョウコは父に構わず、ナオコに願い出る。
「わたしも赤木博士とお話したいのですが、いいですか」
くだけた日本語にすっかり気勢を削がれ、ナオコは微笑で応じる。
「ええ、よくってよ」
「これは恐れ入ります。科学者同士、通ずるところもありましょう」
ツェッペリンがなにか言っていたが、ナオコは冷たく蔑ろにした。
「まず、わたしたちの真の動機です」
キョウコは、彼女の父が今日さんざん話したことを否定する。
「国連のE計画というのは、お題目はどうあれ、最終目的は大量破壊兵器の開発です。
これは通常兵器を支える化学産業にとって許し難い行為であり、なんとしても阻止しなければなりません。
父の取引先に、大量破壊兵器の撲滅を大儀に掲げる国でもあれば、話は別ですが」
一切の綺麗事を排した説明であった。ツェッペリンは頭を抱え、ナオコは会心の笑みを浮かべる。

109 :ヽゝ*゚∀゚ν :05/08/05 00:34:54 ID:???
「今日、最も信頼性のあるお話ね」
「恐れ入ります。では、これに説得力を加えましょう。赤木博士。あなたにも潜在的に動機があります」
キョウコは舌を休めることなく次の材料を持ち出すようだ。ナオコは素直に興味を示す。
「あたしに?」
「はい。あなたはバイオコンピュータの発明を目標にAELに入所したはずが、
いまのご環境でこれが達成される見込みはありません」
二〇近く年少の研究者に決めつけられ、ナオコは笑顔のまま凍り付いた。
「キョウコ、言葉が過ぎるぞ」
ツェッペリンが弱々しく叱りつけたが、彼女の娘は交渉相手から目を逸らさない。
「あたしが失職したら、お父さまがその環境とやらをプレゼントしてくれるのかしら」
ナオコが気分を害したのは間違いない。キョウコの声もか細くなる。
「その条件でよろしければ、ささやかながらIGファルベンがご用意できますが、お勧めは致しません」
「もちろんお断りするわ。委員会を敵に回した見返りとしては、まったく魅力を感じないから」
ナオコはキョウコの勧めない条件を拒否しただけなので、まだ交渉は終わってない。
大人しくしていられないツェッペリンが口を挿んでくる。
「いや、わたしはあなたの協力を得たいが、あなたとキールとの関係を壊すつもりはありません」
「父の申した通りです。なぜなら、あなたのバイオコンピュータ開発を支援するのは、彼なんですから」
キョウコが自信を取り戻した口ぶりで言うので、ナオコは頷きかけたが、すぐに首を傾ける。
「委員会がその予算を認めないのは、たったいまお嬢さんが指摘したことじゃない」
「現在の計画が必要としているコンピュータの性能は、素子やら力場やらの解析ができる程度で十分です。
葛城博士のいうS2機関が実動レベルになれば、必要なのはその制御技術ぐらいのものですから」
キョウコの前置きは専門家に対するそれにしては長すぎたので、ナオコは途中で待ちかねたようだ。
「ロンギヌスの槍を渡さずS2機関開発を妨害すれば、有機コンピュータが必要とされるというのね。その根拠は?」
「赤木博士。あなたは、エヴァンゲリオンというものをご存じですか」

110 :ヽゝ*゚∀゚ν :05/08/07 01:16:27 ID:???
「……なに?」
ナオコは自分の耳に確信が持てないという顔をしていた。父からも訝しげな視線を向けられ、
キョウコは詳しく言い直す。
「六分儀ゲンドウの論作『バベルの塔』に登場する、人の子の乗り物となった天使のことです」
「もちろん知ってるわ。堅実な博論に比べて、その、過激な内容だったから。それがなにかしら」
キョウコは、ナオコに意図が伝わっていない可能性を無視して、興奮気味に予想図を描く。
「いいえ、もうあなたはそれにお気づきになっています。E計画はそのように修正されるんです。
なぜなら、キール・ローレンツや葛城博士はロンギヌスの槍を入手できないのですから。
使徒の機械化は荒唐無稽なSF的発想であり、生命体として復活させることより困難な挑戦でしょう。
それは現在のコンピュータが持つ認識、推論能力では計り知れない領域にあります。
そこで、バイオコンピュータこそがその有力な道具である論拠を提示するんです。
IGファルベンはそのための協力を惜しみません」
キョウコが弁舌を振るっているあいだ、ナオコは指先でこめかみを押さえながら、考え込む素振りを見せていた。
ややあって、AELの情報部長は否定的な所感を述べる。
「そんな無謀な挑戦よりも、あなたたちから槍を取り上げるほうが容易いわよ」
「それはあなた次第です。あなたがエヴァンゲリオンを造れると断言なされば、誰もこれを疑わないでしょう。
もっともこの理屈では、あなたがバイオコンピュータが必要と報告なさればそれが通るということですから、
あなたはこの交換条件を不公平に思われるかも知れませんが」
キョウコは余裕たっぷりに自らの弱みを露呈したが、ナオコが目を付けた点はそこではなかった。
「そんなことより、計画が修正されても結局はエヴァンゲリオンという大量破壊兵器が誕生し、
ツェッペリンさんの事業に悪影響を及ぼすことになるわよね。お互いの条件が矛盾してないかしら」
「いいえ。わたしは言いましたよ、使徒の機械化は荒唐無稽なSF的発想であると。
バイオコンピュータは理論に則って完成するでしょう。
でも、心理学者の妄想が生んだエヴァンゲリオンなんてものはどうでしょうか」

111 :ヽゝ*゚∀゚ν :05/08/10 00:12:29 ID:???
このキョウコという女は、彼女の父親以上に尊大な部分を持っているのかもしれない。
彼女のすべてを見通したかのように嘯きに、ナオコはまず唖然とし、それから愉快さに耐えかねて哄笑した。
「それ、正確には、心理学者崩れの妄想ね。でも素敵よ、あなた。実に素晴らしい」
ナオコの惜しみない讃辞、あるいは皮肉に、キョウコは初々しく頬を赤らめた。彼女の父親はというと、
ナオコに虚言を教唆する娘のやり方が気に入らないのか、単に会話に加われないからか、憮然としている。
「わたしは、間違えていたようですわ」
ナオコはまだ笑っていた。キョウコが上目遣いにナオコを見る。
「なにをでしょうか」
「情報操作ではロンギヌスの槍をお渡しできません。先ほどはそう申し上げましたけど、それは間違いでした」
「では、赤木博士…!」
そう告げられた親子の反応は非常に明快だった。ナオコは遠回しに、いや、一段飛ばして槍の譲渡を認めたのだ。
彼女は早くもその方法について語ろうとしている。
「試作したばかりのコアユニットが、設計段階で想定されていない使用方法によって誤作動を起こしたとしても
致し方ないことでしょう。わたしには算出された座標の正確性を保証できかねます」
「はあ、真実はまだ土の下ですからな」
話を持ちかけたツェッペリンを尻込みさせるほど、ナオコの言い回しは悪意に満ちていた。
よほど嫌な仕事だったに違いない。彼女はキョウコに目を向けて続ける。
「それに、構築して間もないシステムが、外部からの不正なアクセスを防ぎきれるかどうか」
「でしたら、ぜひ協力させてください。最低限の知識はありますから」
キョウコはナオコに求められていることを理解できたようであった。

翌朝、ナオコは早い起床を求められた。客室に備え付けられた電話機の呼び出し音に眠りを妨げられたのは、
午前四時をいくらか回ったころであった。薄地のカーテンは薄く朝日に染まっていた。
『おはようございます、赤木さん。報告があります。それと、携帯の電源は入れておいてください』

112 :ヽゝ*゚∀゚ν :05/08/12 02:44:49 ID:???
サマータイムのことを忘れてた

113 :ヽゝ*゚∀゚ν :05/08/13 02:40:52 ID:???
二〇〇〇年七月五日。
午前六時をいくらか回ったころで、ナオコの眠りは客室に備え付けられた電話機の呼び出し音により妨げられた。
夏時間とはいえ日照時間の最も長い季節であり、薄地のカーテンは淡い紫に染まっていた。
『おはようございます、赤木さん。報告があります。それと、携帯の電源は入れておいてください』
ゲンドウの朝の挨拶は長かった。着替えだけは済ませたナオコがぼんやり廊下に出ると、
荷物を背負って待ちかまえていた碇夫妻によって、リゾートホテルから引きずり出されてしまった。
「課長、コーヒーはいかがですか」
ユイに勧められた紙コップをナオコが黙って受け取ったとき、彼女はバンの座席に揺られていた。
車両は、前日と同じ国連軍所有のものである。いまは三人の科学者の他に、運転手の兵士が乗っているだけだ。
太陽はヨルダン川の向こう側、ネボ山の上で霞に隠れ、窓から見える低地の風景は青ざめていた。
魔法瓶を抱えたままのユイに見つめられて、ナオコはばつが悪そうに俯く。
「ごめんなさい、ぼうっとしてたみたいね」
「遅くまでお仕事してらしたんですか」
「時差のせいにしておくわ」
ナオコはユイとは目を合わせようとせず、あとはただコーヒーを啜っていた。
アイン・ファシュカの砂浜は、変わらず国連軍兵士たちによって警備されていた。
そしてテントでは、やはり朝の早い老人がナオコたちを出迎える。が、明らかに彼は不機嫌だ。
「まったく、あの忌々しい雑草商人めがしゃしゃり出てくると、ろくなことが起こらん。
ドイツ帝国が亡国の憂き目にあったのも、槍の在処を示した総統からの伝言がわたしに届かなかったのも、
すべて奴が悪いのだ」
開口一番、ツェッペリンへの八つ当たりであった。ゲンドウのような男が彼と一緒に盛り上がったりしない。
「現段階は機材の精度調整の途上にあります。問題はなにも発生しておりません」
「むう」
老人は納得できかねている様子だが、無益な発言を垂れ流すことはやめた。

114 :ヽゝ*゚∀゚ν :05/08/24 02:16:03 ID:???
そんなやりとりをぼんやり眺めていたナオコに、ゲンドウが低い声で報告する。
「コアユニットを含むシステム全体の改善が必要となりました。現行の解析装置って示される座標候補は
十七カ所に上り、さらに増える可能性があります。すべてを現地調査するには予算が足りません」
「朝、電話で聞いたような気がするわ。じゃ、目が覚めるまでシステムのチェックしてるわね」
ナオコの返事はなんとも頼りない。パイプ椅子の上でノートパソコンを抱きかかえている上司に、
ゲンドウが一枚の白地図を差し出す。
「平行して現地調査を行いますが、予測地点の選定はわれわれに一任されています。
検討しますので、現段階の解析結果をご確認ください」
地図には十数個、手書きの赤いバツ印が付けられ、それらは主に死海に集中している。
ナオコは顔を仰け反らせて目の焦点を合わせながら、その印象を述べる。
「やっぱり、死海がにおうのよね」
「わたしも同感です」
いつの間にかナオコの背後から地図をのぞき込んでいたユイが同調した。
「勘では困りますが、ぼくも当時の経緯を考証した結果、その可能性が高いと考えています」
全く困った様子もなくゲンドウが賛成し、滞りなく調査方針が固められた。
それに対し、やはりハインロートは面白くないようだ。場を取り仕切っているゲンドウに彼の矛先が向く。
「昨日は無駄足だったということかね」
「それも科学です」
元心理学者は眼鏡を押し上げ、ただ一言、自信たっぷりに弁明した。意味は不明だが。
ナオコはテーブルの上でパソコンを広げながら、状況を確認する。
「昨日とは違って、今日は現地調査を行えるだけの確証がないわね。だから見送るべきだと思うけど、
ゲンドウくんは、これ、国連からの要請みたいに言ってたかしら」
「ええ、そうです。彼らに中止するよう勧告できなくありませんが、彼らが調査を行うのは、
冒険主義ではなく費用対効果のためです。予算の気遣いは無用でしょう」

115 :ヽゝ*゚∀゚ν :05/08/25 03:31:14 ID:???
実際のところ、関係機関との交渉はほとんどゲンドウを通じて行われているようだ。
いまのハインロート、そして前日のツェッペリンも、自身を一介の技術者と位置づけている情報技術課長より、
入所して一年足らずのこの男の方が主導的立場にあると見なしている向きがある。
「それに、委員会は赤木課長に期待してるんですよ。葛城所長がいらっしゃる南極よりも、
この死海を注視してるでしょうから、わたしたちは忙しい振りをしてたほうがお得じゃありません?」
そう言う碇ユイの隠然たる人脈は、おそらく葛城所長に比肩するものではないだろうか。
しかし、いかに彼らに皮肉られようと、赤木ナオコの交際に関する無頓着さは変わらない。
「そう。今日のところは検討の材料も少ないことだし、ゲンドウくんに任せるわ」
「了解しました。併せて、第一予測地点での発掘作業について、これを中断することを正式に通達します」
元心理学者は、瞬きもせずナオコの表情筋を観察していた。対象となった人物はそれに気づいた様子もなく、
液晶モニターを見つめたまま返答する。
「そうね。こちらはまだ信頼性が低いから。作業再開は、アップデート後の再探査の結果次第ね」
「そのように。では、ぼくとユイで死海のいくつかの地点を回ります」
「なにかあったら、携帯で報告しますから」
ユイがやんわりと釘を刺した。ナオコは彼女に目もくれず、面倒くさそうに手を振る。
「わかってるわ。いってらっしゃい」
夫妻に続いて、老人も黙したままテントを後にした。ナオコはため息をはき出し、
ぼさぼさの髪をかきながらプログラムコードをいじり始めた。
探索隊とは別なのか、テントの兵士たちもそのまま居残っているが、ナオコが彼らに注文することはないようだ。
五分もしないうちに、ナオコの携帯電話が振動した。背面LCDに表示されたのはユイの名前ではなく、
登録されていない電話番号である。ナオコは眉を顰めて応じる。
「赤木です」
『おはようございます、赤木博士。ツェッペリンです。発掘作業は捗られてますかな』
彼の日本語は今日も巧みである。ナオコは意地悪そうな声を絞り出す。

116 :ヽゝ*゚∀゚ν :05/08/28 15:55:28 ID:???
「あら、大企業のトップが、いつまでも油を売ってておよろしいのかしら」
『ご挨拶ですな。ささやかながらご協力できることはないかと、ご用聞きに参上した次第です』
ツェッペリンの方からなにか用事があるわけではないらしい。ナオコはあからさまに迷惑がる。
「電話越しに、なにをおっしゃっているのやら」
『わたしはすぐ表におりますよ。教授はご機嫌斜めのようですな』
どうやらツェッペリンはハインロートに会いたくないので、隠れて様子を窺っていたようだ。
子供がするならかわいらしい行動だが、いい大人がしてもただ不気味なだけである。
「お忙しい中、恐れ入りますわ。暑くなる前にお帰りくださいな。ごきげんよう」
ナオコは無駄に笑顔まで作りながら、一方的に通話を打ち切った。
彼女は一度、周囲で待機している兵士たちを見回したが、誰も目を合わせようとしないので、
そのまま仕事に戻ろうとした。
ちょうどそのとき、テントの外から切り裂くようなブレーキ音が響き渡った。
エンジンをかけっぱなしでテントの入り口を潜ってきたのは、昨日気だるそうにしていたあの中佐である。
ゲンドウたちとほとんど入れ違いなので、まだ今日の調査に関する報告を受けていないだろう。
彼は一人の兵士を捕まえてなにか話していたが、それが済むとナオコの方に向かってくる。
「ええと、赤木博士とおっしゃいましたか。少々、気になることがありまして、念のため博士のお耳にも」
「どうかなさいました?」
「昨日測量した例の第一候補地に、なぜかイスラエル軍が集合している模様なのです。
まだ上からの通達はありませんし、教授のお立場もありますので、わたしも報告しておりませんが」
この中佐はハインロートの許しがないと動きが取れないのだろう。
べつに彼に意見を求められてはいないが、ナオコは自身の見解を示しておく。
「この調査はイスラエル政府から承認を得てるのですから、懸念されるようなことはないかと」
「はあ。しかし、われわれに協力するにせよ、そうでないにせよ、なにも言ってこないというのは」
「わたしの部下が教授に同行してますので、良ければわたしから教授にお伝えしますわ」

117 :ヽゝ*゚∀゚ν :05/08/30 01:37:05 ID:???
「わたしの部下が教授に同行してますので、良ければわたしから教授にお伝えしますわ」
「いえ、それは小官の任務ですので」
この国連軍人はナオコの申し出を期待して打ち明けたのではないようだ。ナオコは向き直って、慎重に話す。
「そうですわね。ただ、わたしも部下にだけは伝えておきたいのですけど、お願いできますかしら」
「それはもう。無用の混乱を防げれば問題なく、というより、博士。わたしとご一緒しませんか」
ずいぶんと唐突な誘いであった。ナオコは一笑して、上目遣いに問い返す。
「電話一本で済むことじゃありませんか」
「作戦続行に関わることですよ。探査隊が死海に船を出す前に、直接ご相談されてはいかがかと」
その囁き声に、ナオコの両目がぎゅっと細められた。調査地点について、まだ中佐に報告されていないはずだ。
彼女はすぐに攻撃的な表情を解き、ゆっくり腰を上げる。
「ま、いま行ってる作業も詰まり気味ですし、ちょうどいいかもしれませんわね」
ちょっと外の空気を吸いに行くような風情で、ナオコたちはテントを出た。
エンジンかけっぱなしで置かれていた青いスバルには、助手席と後部座席にそれぞれ先客がいた。
ナオコを迎えるように後部座席のドアを開けたのは、ターバンとサングラスを付けた黒髭の男である。
彼は五指すべてに宝石の指輪が嵌められた手を軽く挙げて微笑した。
「今日もスパイごっこですの、ツェッペリンさん」
ナオコは冷然と変装を見破って彼の隣に座った。ツェッペリンは火のついてない葉巻を弄びながら願望する。
「あなたにも楽しんでいただければ幸いなのですが」
「嘘から出た真じゃありませんけど、昨日の場所を掘れば出ると決まっているわけじゃありませんのよ」
ナオコは戯言を無視してツェッペリンを責めた。彼女はイスラエル軍の行動、あるいはその時期を、
事前に聞かされていなかったと思われる。
「出なかった場合は、別の手を相談いたしましょう」
ツェッペリンは気にした様子もなくそう答え、今度は彼が運転席に着いた中佐を責める。
「きみ、わたしの変装のことは黙っている約束ではなかったのかね」

118 :ヽゝ*゚∀゚ν :05/08/31 03:47:42 ID:???
「いいえ、自分はあなたのことをなにひとつ申し上げておりません、議長閣下」
中佐が前方を直視したまま発した声音は、先ほどまでよりずっと軍人らしかった。
「くだらないおしゃべりはそこまでよ。この人に情報を流してたネズミはあなたね」
ナオコの詰問は、事実の確認というには弾劾の色を帯び過ぎていたが、中佐は彼女相手だと露骨に緊張感を失う。
「ネズミとは手厳しい。そうですね、われわれは銀貨三十枚を分かち合う関係ということです」
「助手席の彼もそうなのかしら」
腕を組んだままただの一言もない男について、ナオコが尋ねた。
「彼は議長閣下が雇用なさっているダイバーで、書類上では我が国連軍所属という身分です」
「ダイバー?」
その間の抜けた問いには、ツェッペリンが答える。
「海底を探査するならダイバーでしょう。嘘から出た真でしたか。それがありえないとは言い切れませんからな」
彼は偶然が引き起こす可能性にも備え、自分の息のかかった者を送り込もうというのだ。
当然、昨日の測量隊にもそういう役目を持った者が紛れ込んでいたに違いない。
「これだけ準備していたなら、あたしの出る幕はないんじゃなくって?」
「わたしはキール・ローレンツに、キリストの血を受けた槍はもはやこの世に現存していないという
事実を突きつけなければなりません。あなたのお力なしではなし得ないでしょう」
もっともそうな話である。ところが、ある程度の年齢に達した人間の大半は、持ち上げられすぎると
用心深くなるものであり、赤木ナオコも例外ではないようだ。
「あなたは本気で信じていらっしゃるのですか。ユダヤ人の亡命科学者たちが盗んで捨てたという
開発途上の高分子化合物が、聖書に登場するロンギヌスの槍と同一のものであると」
ツェッペリンの娘が言っていた「エヴァンゲリオン」以前に、ロンギヌスの槍自体が荒唐無稽な存在である。
それを闇に葬ろうとしている人物は、サングラスを外し、やや厳かな佇まいで返答する。
「はい。無論ですとも。それがヒトの科学で否定されようとも、恥じる必要はありませんからな。
赤木博士。あなたとて、少なくとも無価値だとは思われていないのでしょう」

119 :ヽゝ*゚∀゚ν :05/09/01 03:36:28 ID:???
対してナオコは、話しかける相手の方を見ようともせず、訥々と答える。
「ええ。ロンギヌスの槍は、聖書に限らず人類史上に何度も現れた、まあ、特別な固有名詞ですものね。
けれども、わたしのように無教養で、支配される側の女に言わせれば、こんなものの価値はせいぜい飯の種。
わたしがパンの他に糧にするのは、家族、友人、そしてわたしにも理解できる自然科学だけです」
「赤木さん。あなたは実にお強い。ただし、危うくもあります」
ツェッペリンはそう評価した。それが癇に障ったのか、ナオコは敬語を忘れツェッペリンを睨む。
「あたしが強がってるって言うの?」
「いいえ。わたしは幾人かの、強い精神、ガイストを持ち、小さな信仰を持たない友人を持っています。
しかし、わたしは彼らの脆い精神、ゼーレを見つけるとき、いつもひどく不安になります」
ドイツ人は妙に落ち着き払ったまま、なにかよくない例え話をもたらした。ナオコは熱を冷ます。
「別に、わたしはあなたを不安にさせるつもりはありませんから」
「議長閣下、係留地に到着します。どうかお声を立てませぬよう」
日本語を解さず運転に専念していた中佐が報告し、助言した。間近で見る青い死海には、ところどころ
海底に盛られた岩塩の白い斑がついている。道行く先の浜辺で靄に包まれたいくつかの小さな影が、
係留地に繋がれたボートだ。
ツェッペリンは開きかけていた口をへの字に曲げて、金縁のサングラスをかけ直す。
と、そのとき車内に電子音が響いた。それは携帯電話の着信音で、懐に手をやったのはツェッペリンである。
「工兵中隊長からだ。イスラエル軍のな。きみが出るかね」
悪趣味な問いに、中佐は首を竦める。
「いえ、どうぞ」
「ツェッペリンだ。…見つかったか! しかし? しかし、どうした」
話す言葉によって随分性格の変わる男のようである。彼は電話に握りしめ、興奮気味にまくし立てる。
「中止はこのツェッペリンが許さない。防毒装備で続けろ。機械を使え。一時間以内に運び出すんだ」
その通話が終わったとき、彼らを乗せたスバルは減速して、ボートの係留地に到着した。

120 :ヽゝ*゚∀゚ν :05/09/02 08:50:58 ID:???
コンクリートで固められた岸壁には、昨日と同じく国連軍のバンとハインロートのリムジンが並んでいる。
「なにか問題でもありましたか」
ナオコは隣で電話の内容を察したことだろうが、尋常でないツェッペリンの様子に怯えの色を見せた。
彼女の声で、紳士は平静を取り戻す。
「大したことではありません。それより御礼申し上げます。あなたのおかげで槍を発見できました」
「検証なさいましたか。一緒に埋められた模造品の可能性もありますから」
「ご心配なく。あなたはあなたのお仕事をなさってください。あなたご自身の目的のために」
ツェッペリンはナオコを促すように言った。続けて中佐には、やはり居丈高に命じる。
「教授には予定通りの報告をしろ。すぐテルアヴィヴに直行する」
「承りました、議長閣下」
変装中のツェッペリンを除く三人が降車したところに、若い男二人がが歩み寄ってくる。
ハインロートの運転手山岸と碇ゲンドウだ。
「なぜ貴様がここに」
無口なダイバーが、掠れたフランス語を呪詛のごとく吐き出した。山岸の知り合いか。
もちろん場にふさわしくない呟きを聞き取ってやる者はいない。
「おや、赤木先生。ちょうどよかった。いま、碇先生がたがご用があるとかで」
「よくありません。いまサーバーがダウンしたところです」
ゲンドウが手にしているパソコンのモニターを、ナオコに突きつけるように見せた。
居残りを宣言していた上司が突然現れたのだから、彼女の責任を追及したいのだろう。
「あたしのせいじゃないわよ。そのうち誰かが復旧させてくれるわ」
「それより、教授に大事なお話があります。よろしいですか」
割って入った中佐に求められ、ゲンドウは黙って肯いた。
岸壁の先では、搭乗予定のボートの傍らで、ハインロートとユイ、数人の兵士たちが待っていた。
「ようやくダイバーを連れてきおったか。待ちかねたぞ」
老人の目にナオコの姿は入っていないようだ。

121 :ヽゝ*゚∀゚ν :05/09/18 22:54:48 ID:???
彼は中佐に耳打ちされると、カッと目を見開いて死海に向かって叫ぶ。
「シオニストと申したか!」
その一言で事情を察したらしいゲンドウは、パソコンをユイに預け、ナオコに尋ねる。
「イスラエル軍が妨害に来たのですか」
「間接的にね。昨日の探索地点に集まってるらしいの」
「あら、委員会の予定にはありませんね」
ユイの口ぶりは他人事のようだった。それはナオコも同様である。
「雲行きによっては、いまある予定も怪しくなるわ」
「問題ありません。そのための国連軍です」
ゲンドウのきな臭い発言を、ナオコは敢えて無視した。船の方に目をやって尋ねる。
「そちらは、もう始めているの?」
「ダイバーの準備が出来次第、海に船を出すつもりでしたが」
あの無口なダイバーは、下半身をウェットスーツに通しているところだ。まもなく準備は整うだろう。
ゲンドウが目を向けたのは、ユイに持たせたパソコンである。
「まだ復旧してませんね。サーバーが落ちたのなら、報告ぐらいしてもらわないと困りますよね」
ユイが言うと、非難されたと感じたのか、中佐が軍用の通信機のアンテナを伸ばす。
「これは気がつきませんで。すぐに報告させます」
ナオコは茶番を見守る気にはなれないようで、死海の上でうごめいているなにかを眺めていた。
それは誤って海面に降り、二度と飛び立つことができなくなった水鳥だった。
「応答がありません」
掠れた声で中佐が報じた。彼を疑い、問い正す者はいない。老人が訊くのは別のことだ。
「シオニストどもが愚挙に出たのではあるまいな」
「いえ。その、単に宿営地の発電機が停止しただけかと。自分が戻って復旧の指揮をします。
赤木博士のご協力を願いたいのですが」

122 :ヽゝ*゚∀゚ν :05/09/19 05:44:53 ID:???
指名されたナオコは険しい顔つきで中佐を振り返ったが、目を半分閉じてそれを誤魔化す。
「異存はありませんわ」
「よかろう。山岸。おまえも手伝って参れ」
「はあ」
これも突然の指名だった。生返事しか出なかった山岸は困惑を隠さず、短く刈った自分の頭髪を撫でている。
中佐は一瞬ナオコに目を向け、それからハインロートに遠慮して申し出る。
「いえ、それには及ばないかと」
「山岸はわたしの目と心得よ」
「……は」
老人の冷たい眼光が中佐の胸を射ていた。明らかに疑いの眼差しだった。
ナオコは盗み見るように横目を部下たちに向けたが、彼らは変わらずパソコンのモニターに気を取られていた。
こうして報告を終えたナオコたちが車に戻るとき、ちょうどダイバーと山岸とを交換した形となった。
山岸はナオコのためにドアを開いてやるようなことはせず、ごく自然に助手席に乗り込んだ。
「お待たせしました、サイード議長閣下」
中佐がなにやら妙な呼びかけを発し、キーを回す。後部座席で待たされていた「サイード議長閣下」は、
ハインロートの運転手の登場に落ち着きをなくし、隣に座ったナオコと色気のない声で囁きあう。
「なぜ彼が」
「教授に疑われてます」
「Sabah al-khayr, ra'ys. Hal taqbala nuqaha ibnati-ka?」
突然、山岸がなにか言葉を発し、同乗者たちをびくりと震わせた。
アラビア語のようだったが、ターバン頭の「サイード議長閣下」は言葉で反応できない。
「出発します」
控えめに中佐が断って、アクセルを踏んだ。車内の空気を緊迫させた山岸は、ややあって陽気な日本語を発する。
「今日は、お嬢様はごいっしょじゃないんですな、会長さん」

123 :ヽゝ*゚∀゚ν :05/09/24 16:46:43 ID:???
「彼女は慣れない気候に体調を崩しまして。いやはや、お恥ずかしい」
臆面もなくツェッペリンは答えた。ナオコより役者が一枚上というところか。
「それはお気の毒に。どうぞお大事にとお伝え下さい。それと、内緒話は筆談をお勧めします」
山岸はまったく優れた聴力を持っているようだ。ナオコの声が大きかったわけではない。
日本語が解らず口を挿めない中佐と、挿む気のないナオコを放っておいて、山岸とツェッペリンは交渉を始める。
「それには及ばんよ、山岸くん。このツェッペリンと契約したまえ。わたしはいまの倍額の報酬を与えよう」
「即金で二万ドルです」
「わたしはいい買い物をした」
ほんの数秒で山岸の口は封じられてしまった。ナオコは立場を弁えず、余計なことを言う。
「なんて人たちなのかしら。まったく信用に値しないわね」
「山岸くんがあの老人から支払われる給料に満足していれば、このような話はいたしません。
わたしはそういうことを見破るのが得意としておりましてな」
変装を見破られた報復のつもりだったのだろうか。ツェッペリンは自慢したが、誰も感心しなかった。
「雑談はおしまいです。赤木博士、槍から発生する有害物質について、対応策があれば提供していただきたい」
このツェッペリンは先ほど電話で怒鳴り散らしていたが、あれから彼らの問題は解決していないようだ。
「化学物質については存じません。槍が帯びている力場でしたら、アンチATフィールドと仮称しています。
電磁波のようなもので、微弱なものであれば害はありませんわ」
「もし微弱なものでなければ、人体が融解するようなことは」
「融解したのですか」
最後まで聞かず、ナオコは尋ね返した。ツェッペリンはサングラスの奥で目を泳がせる。
「いや、そのような報告を受けておりますが、どの程度の被害かは」
「あなた、さっき大したことは起きてないっておっしゃったのに。ああ、やっぱり嘘でしたのね。
力場が相転移してるですって? あなたいったいなにをなさったの?」
「いや、わたしには……」

124 :ヽゝ*゚∀゚ν :05/10/23 01:01:18 ID:???
情けなく口ごもるツェッペリンから、ナオコは冷ややかに目を逸らした。
「あなたを責めるつもりはありませんのよ。これは科学史上、観測された記録のない現象です。
ご存じなくて当然ですし、むしろ絶好の機会を授けてくださったと考えられます」
「いまごろになって槍にご興味でも」
「まさか。あの物体の危険性が確認されたなら、放擲する理由があるということじゃありませんか」
科学者として、いささか白々しい発言だった。ツェッペリンはターバンで頬をぬぐう仕草をする。
「キール・ローレンツに通用する理屈ではありますまい」
「そのローレンツ・葛城理論が一から十まで正しいなら、冗談で済まされない惨事になる可能性があります。
あなたの発掘部隊は、当然、観測機器を装備してますわよね。データを頂きます」
それまでどちらかといえば受け身の姿勢だったナオコが、有無を言わせぬ調子でツェッペリンに要求した。
「惨事というのはいったい…」
「申し訳ありません。車を止めてもよろしいですか!」
ツェッペリンの疑問に被さり、運転席の中佐が上ずった声で求めてきた。
彼は許可もなく、すでに車を減速させていた。前方には国連軍の宿営地である大型テントが影を落としている。
「なにか用かね」
「いえ、前を、周りを見てください!」
海岸線を伸びる路上、その傍らの砂浜に、赤黒く汚れた兵士たちがまったく無秩序な位置に倒れている。
ここを離れたわずかな間に何事かが起きたのだ。
「止めろ、わかった、逃げろ」
混乱気味のツェッペリンに命じられるまでもなく、中佐は勢いよくハンドルを切って車体を旋回させる。
「迂回します。リヤドに救援を求めても構いませんか」
「勝手にしたまえ。赤木博士、これが惨事ですか」
ナオコは背を丸めて白衣の袖を握りしめ、眼球だけ動かしツェッペリンを見ようとする。
車が舗装路からはみ出した衝撃で、彼女の身体が大きく揺さぶられた。

125 :ヽゝ*゚∀゚ν :05/10/25 00:24:24 ID:???
「え、いまのは、あの、本当に…」
声になったのはそこまでだった。すっかり脅えきって、まるで彼女自身が命を落としたような顔色である。
当然の反応であり、三人の男たちが事態に対して冷静すぎるのだ。
「おい、中佐だっけか、見ろ」
山岸が右手の岩山を指して、注意を促した。荒い岩肌を一人の国連兵が駆け下りてくる。
顔面を鮮血で染めているのが遠目にも見える。
「う…、部下です。救出します。状況を質さねば」
中佐は今度は許可を求めず、彼のスバルを荒れ地に入れた。反対する者はいない。
シャシーに跳ねる小石の甲高い音が座席を飛び交い、ミラーが映す景色が砂煙に染まる。
「なあ、戦闘の跡にしちゃおかしくなかったか」
助手席の山岸が、普段と変わらない顔色で尋ね、中佐をぎょっとさせた。
国連軍の将校は恐怖を隠さず、必要以上の力でハンドルを握りしめ、か細い声で返答する。
「戦闘が起きること自体おかしいよ。おれたち、なにもしていないのに、一体だれが…」
「おい、鎮静剤はあるか。あいつ、錯乱しているぞ」
山岸は中佐の弱音を押さえ込んだ。中佐は顔を上げ、腕を垂らしたまま走り寄る部下を観察する。
携行する自動小銃は彼の腰で跳ねているが、そのストラップが首を締め上げるままにしており、
真っ赤に濡れた口内からくぐもったうなり声を絞り続けている。目の焦点など合っていない。
「いや、持っていないが、とにかく話しかけてみる。気は小さいが頭の冴えたやつなんだ」
中佐は窓の隙間から、負傷した部下に向かって叫ぶ。
「スミス、無事か! もう走るな!」
なおも兵士は駆け寄ってくる。中佐の呼びかけに対する反応はまったくなかった。
中佐は警笛を二度、三度鳴らす。が、その腕を山岸が掴む。
「よせ、敵が潜んでいるかもしれん。諦めろ」
「議長閣下、自分は自分の職務を遂行します。しばしお待ちを」

126 :ヽゝ*゚∀゚ν :05/10/25 23:31:58 ID:???
中佐はツェッペリンに告げると、山岸の腕を振り払ってギアを戻し、ドアを開け放った。
同時に、血染めの兵士が猿のように宙に躍った。一瞬で数メートルを跳び越えてドアの間隙に身をねじ込み、
中佐の頭部を両手で鷲掴みにする。衝突により窓の強化ガラスが砕け、車内に飛び散る。
後部座席から男女の悲鳴が上がった。
「やめ…!」
中佐が腕で押しのけようと抵抗するが、兵士は意に介さず身を丸め、中佐ののど笛を食い破った。
肉食獣的な行為、非動物的な表情、それらは決して戦闘による恐慌状態に因るものではない。
「畜生!」
山岸は車の端に逃げるように体勢を変えると、躊躇なく中佐の横っ腹を蹴った。
二度蹴って、食らいつかれた中佐もろとも、獣を開いたドアから放り出した。
直後に音もなく車の運転席側が跳ね上がった。サイドミラーのなかで、狂人が軽々と車体を持ち上げている。
山岸が運転席へと這い上る間にも、左側がゆるやかに持ち上がっていく。
ツェッペリンはサングラスを捨て、強ばった顔でナオコに覆い被さる。
そして、凄まじい衝撃と共に天地が逆転した。車重で粉砕したガラスが霰のように乱れ飛び、
その後はエンジンが止まったのか、耳が痛くなるような静寂が訪れた。
ナオコとツェッペリンが再び目を開いたとき、潰れた窓の隙間から、ふたつの影が対峙しているのが見えた。
すでに車外に脱した山岸はナイフを半身に構え、四つんばいの猛獣に狙いを定めていた。
山岸が顎をしゃくると、彼の喉笛を目がけ、獣はまっすぐ前に飛び出した。
間一髪で山岸は身を捻って避け、振り向きざまに奪った小銃で獣の側頭部を殴打した。
小銃のストラップを断ったナイフを放り、瞬時にセーフティを外して、荒れ地に転がる獣を容赦なく穿つ。
甲高い射撃音とともに腹、胸が爆ぜ、血しぶきが舞う。
獣は傷をものともせず俊敏に地を這い、狩人に向け頭をもたげた。
山岸は一歩退いて、獣の額を撃ち抜いた。斑模様の脳漿をまき散らしながら、獣は前のめりに倒れた。
乾ききった空気に、生臭さときな臭さが広がる。

127 :ヽゝ*゚∀゚ν :06/01/29 15:52:18 ID:???
ナオコはボロボロ涙を零しながら、ツェッペリンのスーツを胃液で汚していた。

銃声がナオコの意識を呼び戻した。丘まで続く砂地が白く照り光り、彼女の目を容赦なく刺す。
ちょうどその視界内で、ある人間が内容物をまき散らしながら崩れ落ちるところだった。
先ほどナオコたちに襲いかかった獣、いや、スミスと呼ばれた兵士より手足が長く、肌は黒い。
「大丈夫ですか」
ナオコの息づかいの変化を感じ取ったのか、ツェッペリンが声をかけた。
ひっくり返ったままの車の落とす濃密な影の中に、二人はいる。
「クレティン・マゴット…」
ナオコの第一声は甚だ不明瞭で、ツェッペリンに聞き取れたか定かではない。
「すぐ迎えが来ます。が、ご覧の通り、まだ気の触れた連中に囲まれてましてね」
ツェッペリンは無感情に状況を説明した。ナオコは血の気の引いた顔を落とす。
「クレティン・マゴットよ。山岸くんはどこ」
「ご心配なく、赤木先生」
頭上から返事があった。車の上に陣取っているのは、ジャケットを頭から被った大きな背中である。
抱きかかえられたライフルとは別の場所から、煙を吐き出していた。
「そんなところにいて、大丈夫?」
ナオコは半ば腰を浮かせて尋ねた。山岸は背を向けたまま答える。
「ええ、彼ら、知能退行を起こしてるみたいですんで。撃ってきやしません」
「そうなの。いえ、そこは暑くないかと思っただけなんだけど」
「そりゃどうも」
肩越しにはにかんだ笑みを返してきた。彼も人の死について、敏感な方ではないらしい。
「赤木さん。先ほどの、なんとかマゴット」
ツェッペリンがナオコに話しかけた。
「スラングの類じゃないでしょう。何です?」
「そう、クレティン・マゴット。精神汚染という症状を引き起こした患者をそう呼称したのが、
一九七九年、アルカ遺跡の事故です。ご存じですか」

128 :ヽゝ*゚ー゚ν<えっちてーてーぴーきせーちゅー :06/04/07 15:29:52 ID:???
ナオコは若干、調子が戻ったようである。
「いや、詳しいことは。ウィッツくんからは毒ガス事故としか聞かされてません」
「精神? どんな薬物を投与されたのか知りませんが、ああも死ぶとくなりますかね」
山岸が口を挿んだ。狂気に犯された兵士達は運動能力が向上していたばかりではなく、
致命傷を負いながらもなお襲いかかってきた。ナオコはばさばさの髪を両手で覆った。
「分からないの一言よ。化学物質、ウィルス、電磁波、どれも動物実験での再現例がなく…、
ごめんなさい、わかりにくかったかしら。なぜ私が例の事故を想起したのかと言うと、
私たちが持ち込んだコアユニットが、例のアルカ遺跡の遺物から複製したものだからです」
途中からツェッペリンに向けた説明になっていた。
「存じております。葛城博士にリリスと名付けられた物体ですな」
「昨年、葛城からリリスのコアの複製を命じられて以来、漠然と不安を感じてはいましたが、
事故原因は不明とされていますし、実際二十年以上何も起きて…いえ、いまはそれより。
私は、この事態の原因が、そのコアユニットにある可能性が非常に高いと判断します」
「ロンギヌスの槍の関連性はいかがですか。私にはあれが、何かの引き金になっているように思えるのです」
「未知数です。データがありませんから、何も言えません」
頭を抱えて座り込むナオコの様子は、無力感に打ちひしがれた科学者そのものである。
ツェッペリンが再び口を開くのに、やや時間がかかった。
「槍のことは、あなたがお休みのあいだに確認しましたが、誰も近寄れぬまま、状況は変わっておりません。
と申しますか、山岸くんに、そんなことより我々の状況の解決を優先させろとせっつかれましてね。
もう間もなく、イスラエル軍のヘリがこちらに参ります。ハインロート教授と鉢合わせたら事ですが」
「命のほうが大切ですわ」
「じいさんたち、いまごろ連絡がないのを訝しんでるんじゃないですか」
山岸が言うと、ナオコの喉からくぐもった笑いが漏れた。
「それは忘れてたことにしましょう。なんて報告すればいいのか分からないもの。
でも忘れていたでは済まないことがあるわ。ツェッペリンさん」
「槍のデータでしたな。向こうに合流するまでにはまとまっているかと」

129 :ヽゝ*゚∀゚ν :10/07/20 16:32:05 ID:x2OxbgFY
きょぬーなお姉さんに5万で買われちゃった♪
ttp://yahoosearch.me/hen/79i922j

前からモミモミ!
バックでモミモミ!!
下からモミモミ!!!!

ってもうあのぽゆんぷゆんの感触は病みつきだよヽ(゚∀゚)ノ

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0ch BBS 2004-02-21